Quantcast
Channel: 阪神ファンの障碍(害)者アスリート・虎ちゃん77のスポーツ日記
Viewing all articles
Browse latest Browse all 5167

「赤い」シリーズの宇津井健さんが死去82歳…仲代達矢が悼む…笹野高史が悼む…藤原紀香が悼む…

$
0
0
 「ザ・ガードマン」や山口百恵さんと共演した「赤いシリーズ」、「渡る世間は鬼ばかり」など、人気ドラマで活躍した俳優、宇津井健さんが14日午後 6時 5分、慢性呼吸不全のため名古屋市内の病院で死去した。82歳だった。東京・江東区深川生まれ。早稲田大學第一文学部を 2年で中退し、1952年に俳優座養成所入りした。乗馬が得意で、1953年の映画「思春の泉」で初主演し俳優デビュー。1957~59年には日本初の特撮スーパーヒーローものと言われる「スーパージャイアンツ」シリーズで、主人公の全身タイツの宇宙人を演じた。
 1974年から始まった「赤いシリーズ」では、山口百恵さん(55)と親子を演じ、「理想の父親」のイメージが視聴者に定着した。この共演が縁で、宇津井さんは1980年11月に行われた百恵さんと俳優、三浦友和(62)の結婚式で仲人を務めた。
 宇津井健さんが慢性呼吸不全のため82歳で亡くなったことを受け、仲代達矢さん(81)が「映画、次いでテレビで活躍した。本人も非常に明るいやつで、私よりずっと長生きすると思っていた」とコメントを発表した。
 映画「スーパージャイアンツ」でヒーロー役を演じた宇津井健さんに憧れていた俳優笹野高史さん(65)は14日夜、「私にとって、永遠に、ヒーローだ!!」とコメントした。
 所属事務所の後輩、藤原紀香さん(42)は14日夜、「まだ、信じられなくて…」との題名でブログを更新し、宇津井さんの死を悼んだ。
記事をまとめてみました。

笑顔を見せる宇津井健さん
 若者に人気のブランドジーンズとブーツに身を包み、ちゃめっ気たっぷりの笑顔を見せる宇津井健さん。ステキに年を重ねる姿が印象的だった(2008年 5月13日撮影)

 「ザ・ガードマン」や山口百恵さんと共演した「赤いシリーズ」、「渡る世間は鬼ばかり」など、人気ドラマで活躍した俳優、宇津井健さんが14日午後 6時 5分、慢性呼吸不全のため名古屋市内の病院で死去した。82歳だった。 1年ほど前から肺気腫を患い、治療を続けていた。約60年間にわたり、悪に挑む正義の男や誠実な父親を演じ続けてきた昭和の名優が帰らぬ人となった。
 優しくて頼れる男を演じてきた宇津井さん。穏やかな性格のにじむ品のある笑顔でも多くのファンを魅了してきたが、突然の悲報が14日夜、舞い込んだ。
 関係者によると、宇津井さんは 1年ほど前から肺気腫にかかり、知り合いの医師の勤務する名古屋市の病院に通院。 1週間ほど前、容体が急変し 3日ほど前に緊急入院し治療を受けていた。最期はフジテレビ社員の長男らに看取られ、遺体は14日現在、名古屋市内に安置されているという。


たばこを手にする宇津井健さん
 たばこを手にする宇津井健さん(1972年 7月撮影)

 宇津井さんは東京・江東区深川生まれ。早稲田大學第一文学部を 2年で中退し、1952年に俳優座養成所入りした。乗馬が得意で、1953年の映画「思春の泉」で初主演し俳優デビュー。1957~59年には日本初の特撮スーパーヒーローものと言われる「スーパージャイアンツ」シリーズで、主人公の全身タイツの宇宙人を演じた。
 その名を全国区にしたのはテレビドラマでの活躍。1965年から 6年 9カ月間続いたTBS系「ザ・ガードマン」では悪に立ち向かう高倉キャップ、1973年スタートの橋田壽賀子さん(88)脚本の日本テレビ系「たんぽぽ」では、昔かたぎの家具職人を好演しアクションスターから脱皮した。
 1974年から始まったTBS系「赤い迷路」「赤い疑惑」などの「赤いシリーズ」では、山口百恵さんと親子を演じ、「理想の父親」のイメージが視聴者に定着した。この共演が縁で、宇津井さんは1980年11月に行われた百恵さんと俳優、三浦友和の結婚式で仲人を務めた。


慢性呼吸不全のため亡くなった宇津井健さん
 慢性呼吸不全のため亡くなった宇津井健さん

 ドラマ「赤い」シリーズなどで知られる俳優宇津井健さんが、慢性呼吸不全のため亡くなったことが14日、分かった。82歳だった。所属事務所が発表した。
 亡くなったのは14日午後 6時 5分。宇津井さんの生前の意向により、通夜・告別式は身内と親族のみで行い、後日、「お別れの会」を開くという。
 宇津井さんは、1953年に「思春の泉」で映画デビュー。1960年代にテレビに進出し、ドラマ「ザ・ガードマン」などで支持を集めた。「赤い疑惑」などが大ヒットした「赤い」シリーズで、山口百恵(当時)演じるヒロインの父親を好演した。
 「武田信玄」などNHK大河ドラマにも多数出演。TBS系「渡る世間は鬼ばかり」では、降板した藤岡琢也さんに代わり小料理店の主人役を務めた。


舞台あいさつを行った仲代達矢さん
 2013年 2月16日舞台あいさつを行った仲代達矢さん

 宇津井健さんが慢性呼吸不全のため82歳で亡くなったことを受け、仲代達矢さんが「俳優座養成所で 3年間一緒に勉強した同級生で、60年間の付き合いだった。やはり同級生で親友だった佐藤慶や中谷一郎に続いて宇津井も亡くなり、私、 1人が取り残されたようだ。非常に残念。訃報を聞いてから『健坊、健坊』と心の中で叫んでいる。暗い役が多かった私とは対照的に、明るく健康的な青年像で売り出し、映画、次いでテレビで活躍した。本人も非常に明るいやつで、私よりずっと長生きすると思っていた」とコメントを発表した。

コメントを発表した笹野高史さん
 ツイッターでコメントを発表した笹野高史さん(写真は2012年12月27日)

 映画「スーパージャイアンツ」でヒーロー役を演じた宇津井健さんに憧れていた俳優笹野高史さんは14日夜、公式ツイッターで、「スーパージャイアンツ!! 宇津井健氏が亡くなられた! 私にとって、永遠に、ヒーローだ!!」とコメントした。
  2人は2009年NHK大河ドラマ「天地人」などで共演している。


コメントを発表した藤原紀香さん
 ブログでコメントを発表した藤原紀香さん(写真は2013年 5月23日)

 所属事務所の後輩、藤原紀香さんは14日夜、ブログを更新し、宇津井さんの死を悼んだ。
 「まだ、信じられなくて…」との題名で、「とても身近な、尊敬する人生の先輩が他界してしまいました。まだ気持ちの整理がつかず、涙が止まらず、この文を書く手も震えています。もう少し時間をください」と深い悲しみをつづった。
 2012年10月にフェイスブックで、宇津井さんとのツーショット写真を公開。「年齢なんて感じさせないくらい、いつも若々しい。トレーニングも毎日欠かさず、fashionへのこだわりも素敵で、常に新しいことにchallengeをしていて、activeな方」と紹介している。
 また、18年前の初対面の際、宇津井さんから教えられた言葉も挙げた。「『有名になればなるほど、頭(こうべ)をたれるものです。実り多き、稲穂のようにね』。これからもこの言葉を胸に、これからも周りへの感謝の気持ちを忘れず、自分の道を歩んでいきたいです。そして、宇津井さんとの共演、待ち望んでいます!」とつづっていた。


ソファに座り足を組む宇津井健さん
 ソファに座り足を組む宇津井健さん(1955年 1月)

 ドラマ「赤い」シリーズなどで知られる俳優宇津井健さんの略歴。
◆宇津井健(うつい・けん):本名同じ。1931年(昭 6)10月24日、東京都生まれ。早稲田大學在学中に俳優座養成所 4期生になり、1953年に新東宝の映画「思春の泉」の主演でデビュー。同期に仲代達矢らがいた。1960年「人生劇場」でドラマ初主演。1965~71年の「ザ・ガードマン」は30%を超す高視聴率を記録した。1971年には明治座「天下の糸平」で初舞台。1961年に友里恵夫人と結婚したが、仲人は「人生劇場」の作家尾崎士郎だった。ドラマの赤いシリーズ 7作で共演した山口百恵さんから「理想の男性」と慕われ、1980年の三浦友和との結婚では媒酌人を務めた。2006年 4月からは「渡る世間は鬼ばかり」の主人公・岡倉大吉役を演じた。血液型A。家族は長男。


 惜しい人がまた亡くなった…
 最後の「ザ・ガードマン」とさえ言われていた宇津井健さん。最近まで放映されていた「渡鬼」での親父さん役といい、「ザ・ガードマン」のキャップ役といい、虎ちゃんにとっては思い出の番組だった。さらに、「赤いシリーズ」も好きな番組でした。
 天国に行っても、良い番組を作る俳優をしてください。お悔やみ申し上げます。









ペタしてね


人気ブログランキングへ
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

Viewing all articles
Browse latest Browse all 5167

Trending Articles