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青学大圧勝!創部96年目で初の箱根制覇!駒大 2位も10分差に大八木監督脱帽…日大シード権逃す…

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  3日に「第91回箱根駅伝復路/箱根-東京( 5区間 109.6キロ)」が行われ、青山学院大學が10時間49分27秒(速報値)という圧倒的なスピードで圧勝し、創部96年目で初の総合優勝を果たした。2004年 4月に就任した、中京大學出身で箱根未経験の指揮官・原晋(すすむ)監督(47)のチーム改革が実を結び、創部97年目での快挙となった。最終10区では 5.9キロの蒲田チェックポイントで 2位駒澤大學に10分以上の差を付けた。最後はアンカーの安藤悠哉( 2年=豊川工業高校)が仲間の待つ大手町のゴールへ笑顔で飛び込んだ。
  4位スタートだった駒澤大學が、 6区で 2位に上がると、そのまま押し切って11時間17秒の 2位で大手町のゴールテープを切った。
 連覇に挑んだ東洋大學は、青山学院大學の背中を見ることもできなかった。12分近く離されての 3位。 2位以内を逃すのは 7年ぶりだった。 7年連続57回目出場の明治大學は往路 2位から 4位に後退してゴールした。
 早稲田大學は創部 100周年の大会を復路 3位、総合 5位で終えた。今大会で勇退する渡辺監督は涙を浮かべて振り返った。東海大學が 6位に入り、歓喜にあふれる 4年ぶりのシード権を獲得した。城西大學が 7位に入り、 3年ぶりのシード権を獲得した。
 中央学院大學は 6位につけた往路の貯金を生かして、逃げ切りで 2年ぶりのシード権を獲得した。山梨学院大學が 1区最下位から、総合 9位で 3年ぶりのシード権を獲得した。 3年連続46回目出場の大東文化大學は、 2年連続10位でシード権を獲得した。
 帝京大學はシード圏内まで 2分15秒及ばず、11位だった。 2年ぶりのシード権を目指した順天堂大学は、アクシデントにも見舞われて12位に終わった。日本大學はシード権争いに加われずに13位に終わり、 5大会ぶりのシード権を獲得した昨年からに続けなかった。中央大學が最終10区で、天国から地獄に落とされた。区間最下位で、総合19位まで落ちてしまった。
記事をまとめてみました。


ガッツポーズを見せる青山学院大學・安藤悠哉
 初優勝を決めガッツポーズを見せる青山学院大學・アンカーの安藤悠哉

 <第91回箱根駅伝>◇ 3日◇復路◇箱根-東京( 5区間 109.6キロ)
 青山学院大學が創部96年目で初の総合優勝を果たした。10時間49分27秒(速報値)という圧倒的なスピードで圧勝した。2004年 4月に就任した、原晋(すすむ)監督(47)のチーム改革が実を結び、創部97年目での快挙となった。
 前日の往路初優勝の勢いは衰えなかった。区間ごとにリードを広げ、最後は 2位駒澤大學に10分50秒の大差を付ける圧勝だった。
 午前 8時、 4分59秒の貯金を持って芦ノ湖畔をスタート。山下りの 6区で村井駿( 3年=西武台千葉高校)が落ち着いた走りを見せ、 2位との差を 5分42秒に広げた。
  7区では小椋裕介( 3年=札幌山の手高校)が区間賞を取る快走。その差を 8分22秒に広げた。
  8区でも高橋宗司( 4年=利府高校)が 1時間 5分31秒で一昨年に続く 2度目の区間賞を取る快走。 2位駒澤大學に 8分35秒差を付けた。
 さらに 9区ではエースの藤川拓也( 4年=世羅高校)が区間新に 3秒差と迫る好タイムの快走。 2位駒澤大學に 9分56秒と10分近い大差を付けた。
 最終10区では 5.9キロの蒲田チェックポイントで 2位駒澤大學に10分以上の差を付けた。最後はアンカーの安藤悠哉( 2年=豊川工業高校)が仲間の待つ大手町のゴールへ笑顔で飛び込んだ。


歓喜の輪の中で胴上げされたアンカーの安藤悠哉
 初の総合優勝を飾った青山学院大學。歓喜の輪の中でアンカーの安藤悠哉が胴上げされた

 あまりに強すぎて、涙も出なかった。最終10区(23.0キロ)を駆け抜けた安藤悠哉( 2年)が、両手を広げてゴールすると、青山学院大學のメンバーはもみくちゃになってお祭り騒ぎ。アンカーに続き体重81キロの原監督が歓喜の中へ。重そうな体が大手町の宙を舞った。
 「うれしいと同時に驚きを隠せない。この子たち、本当に力があったんだな。ありがとうと言いたい」
 前日 2日の往路。山上りの 5区(23.2キロ)で神野大地( 3年)が 1時間16分15秒の区間賞を獲得。 2位の明治大學に 4分59秒の大差をつけスタートした復路も、 7区から 3連続区間賞の離れ業でさらに突き放した。往路、復路、総合の 3つを制す“完全V”のおまけがついてきた。


胴上げされる青山学院大學の原晋監督
 第91回箱根駅伝で総合優勝を果たし、胴上げされる青山学院大學の原晋監督

 中京大學出身で箱根未経験の指揮官が創部97年目のチームを頂点へ導いた。中国電力での社会人 1年目に右足首を痛め、 5年で選手をあきらめざるを得なかった。その後は10年間、営業職として働いた。
 知人が青山学院大學の指揮官に推薦すると、「駄目な男でも存在価値を認めてもらいたい」と一念発起。会社を退社した。
 就任当初は 3年間の嘱託職員だった。 3年目の予選会で16位に沈み、特別スポーツ推薦枠が 8人から 1人に減らされた。「箱根を走っていない、ど素人に何ができるのかと、周りは思ったはず」。数人が退部し、廃部の危機に陥った。
 それでも、自称“カリスマ営業マン”のすご腕を生かしての勧誘で、好素材が集まり始めた。長野・菅平高原での夏合宿中、愛知・中京大學中京高校 2年だった神野をいち早く発掘。ラブコールを送った。 3代目「山の神」となった教え子は「(原監督は)ギスギスしていなくて明るい。こういう監督の下でやりたいと思った」と振り返った。


選手に労われる青山学院大學・原晋監督
 総合優勝し、選手に労われる青山学院大學・原晋監督(中央)

 寮母を務める妻・美穂さん(47)と学生寮に住み込み午前 5時に起床し、午後10時には就寝。選手の心をつかみ「どんな彼女がいるかも知っている」-。
 結果が伴い始め、大学側の支援も増した。2012年には相模原キャンパスにトラックとクロスカントリーコースが完成した。今季はトレーナーを増員。水風呂やストレッチルームが設置されるなど、施設面も大幅に改善された。
 「箱根王者のプライドは持ってほしいけど、天狗にならず、一学生として過ごしてほしい」
 人心掌握術は企業勤めがあったからこそ。覚悟の“脱サラ”で箱根に挑んだ異色の名将が、青山学院大學の名を日本全国に売り込んだ。


報告会で選手に話す駒澤大學・大八木監督
 総合 2位でゴール後の報告会で選手に話す駒澤大學・大八木弘明監督(左)

  4位スタートだった駒澤大學が、 6区で 2位に上がると、そのまま押し切って11時間17秒の 2位で大手町のゴールテープを切った。
 ただし、 1位の青山学院大學とのタイム差は10分以上。大八木弘明監督(56)は「残念でした。トップは厳しかった。復路の選手は走ってくれたと思う。(青山学院大學は)たいしたもんですね」と話した。11月の全日本大学駅伝で 4連覇を達成し、優勝の大本命だった。 3冠を狙った昨年に続く 2位の悔恨に加え、青山学院大學との実力差を痛感。同監督は「来年に向けてもう 1回チャレンジしていこう」と選手を鼓舞していた。


チームメートに抱きかかえられる駒澤大學・黒川翔矢
 総合 2位でゴールし、チームメートに抱きかかえられる駒大の黒川翔矢(中央)

 優勝は逃したものの、全日本学生駅伝 4連覇の意地は見せた。駒澤大學は往路トップの青山学院大學と 7分25秒差の 4位で復路をスタート。優勝は絶望的な中、 6区で東洋大學を、 7区では明治大學を抜き、そのまま 2位でフィニッシュした。
 「残念でしたが、復路は 2位狙い。よく走った。逃げている練習をしているから負けた」
 大八木弘明監督は、選手をねぎらいながらも悔しさをあらわにした。前日の往路では山上りの 5区で馬場翔大( 3年)が大ブレーキ。まさかの 4位に終わったが、夜のミーティングで「何とかたすきをつないだ馬場の気持ちを忘れずに走ろう」と、選手全員が気持ちを高め合い、チームは一丸となった。
 「まだまだ弱い」と大八木監督。挑戦者として一から再スタートする。


あいさつする東洋大學・服部勇馬
 涙を流しながらあいさつする東洋大學・服部勇馬(中央)。右端は弟服部弾馬

 連覇に挑んだ東洋大學は、青山学院大學の背中を見ることもできなかった。12分近く離されての 3位。 2位以内を逃すのは 7年ぶりだった。
 参考扱いながら、 3年前に打ち立て、抜かれるはずがないと考えていた10時間51分36秒の総合記録も破られた。酒井俊幸監督(38)は「青山学院大學・は私の想像を超える強さ、速さだった。(このぐらいだと)決めつけていた時点で私の負け。どこかにおごりがあった」と反省した。
  2区で区間賞を取ったエースの服部勇馬( 3年)は、レース後の「反省会」で「青山学院の選手たちみたいに、流れを変えられる走りができず、エースとしての走りがまだまだできませんでした。この大差を 1秒ずつ削って、必ず王座奪還します」と涙ながらに誓った。弟で、昨年区間賞を取った 7区で今年は 3位だった弾馬( 2年)も涙を流しながら「自分もエースになるしかない。そういう危機感を持っていきたい」と、雪辱を誓った。


4位でゴールする明治大學・江頭賢太郎
 10区、 4位でゴールする明治大學・江頭賢太郎

  7年連続57回目出場の明治大學は往路 2位から 4位に後退してゴールした。
 トップの青山学院大學から 4分59秒差でスタートしたが、すべての区間で上回る走りができず、差は離れる一方。 7区で駒澤大學、東洋大學に抜かれ、 8区では早稲田大學にも抜かれて 5位まで下がったが、 9区の木村慎( 3年)が区間 2位の走りで巻き返した。
 西監督は「悔しいだけ。 7区からは 2位を死守する感じに変わってしまった。10人全員が力を発揮できるようにしないと。来年は特に登りの強化と 2区」と課題を挙げた。


今大会を最後に退任する早稲田大學・渡辺監督
 今大会を最後に退任する早稲田大學の渡辺監督は、思わず涙

 早稲田大學は創部 100周年の大会を復路 3位、総合 5位で終えた。今大会で勇退する渡辺監督は涙を浮かべて振り返った。
 「 8割方、選手は力を出してくれたので、良かった。(箱根は)原点。一生忘れることはない」
 往路では 6位と出遅れたが、 2年連続で 6区を走った三浦雅裕( 3年)が区間賞を獲得し、流れを作った。 8区で 4位に浮上したが、最後は力尽きる形となった。
 残される部員たちには「新しいチームで優勝を目指してほしい」とエールを送った。2010年度に 3冠(出雲駅伝、全日本大学駅伝、箱根駅伝)へチームを導いた渡辺監督は今後については言葉を濁したが、いずれにせよ、陸上界に携わっていくことを示唆した。


引き揚げる東海大學10区土屋貴幸
 総合 6位でフィニッシュし引き揚げる東海大學10区土屋貴幸(中央)

 東海大學が 6位に入り、歓喜にあふれる 4年ぶりのシード権を獲得した。
 前日の往路は 2区で川端千都( 1年)が区間 7位の好走。この日も同じルーキーの春日千速( 1年)が 8区で区間 5位と大健闘。端10人中、 4年生が 2人だけの若い力で、シード権をつかんだ。
 川端は「強い先輩たちと戦える舞台で成長できたと思う。 5強と差があることも分かった」と話した。
 春日も「全員が崩れずに力を出せた。これに満足せず、もっと上で戦いたい」と来季への飛躍を誓った。


区間賞を獲得した城西大學・寺田博英
 10区、総合 7位となるゴールテープを切り区間賞を獲得した城西大學・寺田博英

 城西大學が 7位に入り、 3年ぶりのシード権を獲得した。
 10区を走ったアンカーの寺田博英( 4年)が、区間賞と大健闘。過去最高だった 6位(1986、1988年の 2度)には届かなかったが、寺田自身は前回 9区で20位だった悔しさを晴らした。
 調子は決して良くなかっただけに「考えもしなかったので、自分でも信じられない」と区間賞に自分でも驚きの様子。
 往路のスタート前に電話で激励した村山紘太主将( 4年)も「シード落ちかなと思っていたけれど、いい意味でビックリした」と喜んだ。


中央学院・山本からたすきを受け取った山田
 中央学院大學 8区山本拓巳(左)からたすきを受け取った山田侑紀は、勢いよく走りだす

 中央学院大學は 6位につけた往路の貯金を生かして、逃げ切りで 2年ぶりのシード権を獲得した。
 走った 5人が区間 6~ 8位の記録でまとめきり、川崎勇二監督(52)は「復路があれだけ悪くてシードに収まったのが収穫。満足はしてないです。疲れた 1日でした」と述べた。大会前から青山学院大學などの「 5強」との実力差を痛感しており、「来年は 5強の一角に近づきたい」と話した。


ゴールに向かう山梨学院・兼子侑大
 10区アンカーでゴールに向かう山梨学院大學・兼子侑大

 山梨学院大學が 1区最下位から、総合 9位で 3年ぶりのシード権を獲得した。
 留学生ランナーでエースのエノック・ワンバ( 3年)を負傷で欠いてのレースだったが、 3区井上大仁、 6区桃沢大祐、10区兼子侑大ら 4年生の力走で大逆転劇を演じた。
 区間 3位の快走を見せた兼子は「何としてもシードは取りたいという思いだけだった。後輩にいいプレゼントができた」と笑顔。昨年の途中棄権に続き、今回も負傷により欠場したオムワンバは「来年は絶対に 2区を走って区間賞を取って、チームを優勝させる」と先輩からのシード権というプレゼントを優勝に変えると誓った。


山梨学院・兼子侑大
 山梨学院大學は最終10区の兼子侑大が順位を 9位へ押し上げ、来季のシードを獲得した

 あまりにも劇的なシード獲得だ。山梨学院大學の井上大仁(ひろと)主将( 4年)は「みんなにありがとうという気持ち」と、感激の面持ちで語った。
 エースのオムワンバが右アキレス腱(けん)痛で欠場と決まったのは12月31日。昨年はオムワンバが 2区で右すねの疲労骨折を起こし途中棄権、たすきをつなげなかった。それだけに、エース欠場を聞いた部員の落胆ぶりに、上田誠仁監督(55)は「ヤバイなと思った」という。
 不安は的中し、 2日の 1区は最下位の20位に。「動揺が出た」と監督。だが「エノックが外れても勝負できるチームを作ってきた」という主将が、 3区で区間 3位と激走し鼓舞。それに応え、チームは13位まで盛り返して往路を終えた。


阿部竜巳へたすきをつなぐ谷原先嘉
 山梨学院大學の 8区・谷原先嘉(左)は、 9区・阿部竜巳へたすきをつなぐ

 復路は 9区を終えて11位。シードを得る10位との差52秒に「かなり遠い」と感じたというのは最終10区の兼子侑大( 4年)だ。それでも「エノックのためにもやってやろうと思っていた」。直接のライバル・大東文化大學との差が明確に分からない中、区間 3位の走りを見せ、自力で逆転した。
 中央大學の脱落もあり、結局は 9位。留学生が走らずにシードを確保したのは29度目の出場で初めて。艱難(かんなん)辛苦をはね返した上田監督は「こんなシナリオを考える人はいないだろう」と、半ばあきれ顔で喜ぶ。「もっと上を目指してほしい」と後輩に夢を託す井上に、オムワンバは「来年は絶対に優勝。僕は(各校のエースが揃う) 2区で区間新を出します」と笑顔で誓った。


引き揚げる大東文化大學・植木章文
 総合10位でフィニッシュし引き揚げる大東文化大學10区植木章文(中央)

  3年連続46回目出場の大東文化大學は、 2年連続10位でシード権を獲得した。
 鹿児島実業高校時代に駅伝日本一になった双子の市田兄弟を中心に上位進出を狙ったが、往路 9位から順位を上げることはできなかった。 5区で区間 4位の好走を見せた弟の市田宏( 4年)は「箱根は悔しい思いが強いが、重圧の中でみんながまとめてくれた」。卒業後は兄の孝( 4年)と一緒に陸上競技の名門・旭化成入社が内定している。今大会注目の村山兄弟も同社が内定しているため、宏は「追っていける存在がいるのは自分たちにとっていい影響がある。2020年の東京五輪で 2人でマラソンを走りたい」と話した。


引き揚げる帝京大學10区堤悠生
 総合11位でフィニッシュし引き揚げる帝京大學10区堤悠生(中央)

 帝京大學はシード圏内まで 2分15秒及ばず、11位だった。 9区の高橋裕太と10区の堤悠生の 3年生コンビが力走し、特に堤は区間賞の城西大學・寺田博英( 4年)まで26秒の走りで総合順位を 2つ上げたが、あと 1つ及ばなかった。
 「(並走した)順天堂大学を目標に走って最終的に抜けたのは良かった。でも、区間賞まで、もう少し頑張っていればと思うと悔しい。予選会をしっかり通って、また箱根に戻ってきたい。来年は後輩のためにシードを取りたい」と力を込めた。


松村和樹が待つ戸塚中継所へ走る栃木渡
 順天堂大学 8区栃木渡(後方)は、松村和樹が待つ戸塚中継所へ走る

  2年ぶりのシード権を目指した順天堂大学は、アクシデントにも見舞われて12位に終わった。
 12位を走っていた 8区の栃木渡( 1年)が、残り 4キロ付近で中央学院大・山本拓巳( 3年)と接触して転倒。左手甲とみぞおちを強く打ち、その場でうずくまった。
 再び走りだしたが、 1分以上のタイムロスとなり、シード権内が遠のいた。
 栃木は「復路で唯一足を引っ張ってしまった。実際はもう少し、シードに近づけた。骨が折れていると思う」と険しい表情をみせた。


たすきをつなげず泣き崩れる日本大學・村越
 日本大學 9区の村越直希は10区にたすきをつなげず泣き崩れる

 日本大學はシード権争いに加われずに13位に終わり、 5大会ぶりのシード権を獲得した昨年からに続けなかった。
 10位とは約 2分差で芦ノ湖をスタートしたが、 5区間中 4区間を走った 4年生に、一気に上位に進出させる力が足りなかった。
 竹ノ内佳樹主将( 4年)は「 4年生の責任ですね。チームで戦う意識が足りなかった。ここまでひどいとは思わなかった」と肩を落とした。優勝12回を数える古豪は出直しを強いられた。


ゴールテープを切る中央大學アンカー多田要
 総合19位でゴールテープを切る中央大學アンカー多田要

 中央大學が最終10区で、天国から地獄に落とされた。往路10位から始まった復路。 8区の永井秀篤( 4年)が区間 3位の好走を見せるなど、山下りから 9区までずっと、シード圏内の 8位を維持していた。浦田春生監督(52)は「もしかしたら、 6、 7位も見えるかなと言うのがありました」。
 だが、 5キロまで順調に来ていた10区の多田要( 4年)が左膝の痛みから突然、失速した。みるみるうちにペースが落ちる。城西大學や、シード権争いを繰り広げていた大東文化大學や山梨学院大學に抜かれ、シード圏外へ。結局、区間最下位で、総合19位まで落ちてしまった。それでも懸命にゴールにたどり着き、その後は車いすに乗せられ、都内の病院へ向かった。
 浦田監督によると、朝の段階で異変はなかった。だが、エントリー変更が締め切られた後、アップの段階で膝に痛みを覚えた。付き添いの仲間には漏らしたが、監督らには言えなかったという。触診とエックス線検査の結果、オーバーワークによる炎症で、 3日間の安静が必要と診断された。
 浦田監督は「もうシード権どころではなく、最後はなんとかゴールにたどり着かせようとの決断でした。 9区まではしっかり走れましたし、多田の悔しい思いを下級生がしっかり受け止めてくれると思う」と、まさかの出来事を受け止めていた。


 怪我や不調で、本来の力を発揮できなかった選手もいた今年の大会でしたね。
 来年は今年の事を糧にして、虎ちゃんの母校でもある亜細亜大學を含めて予選会から始まる大學も、シード校に残った大學も来年の「二文字」に向かって走って行って欲しいですね。

復路成績
 復路成績

第91回箱根駅伝往復総合成績
 第91回箱根駅伝往復総合成績














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